宇川義一 Yoshikazu Ugawa

役職 教授
専門分野 神経内科、臨床神経生理
専門医 神経内科専門医
内科認定医
臨床神経生理専門医
出身地、出身高校 東京、私立武蔵高校
出身大学、卒業年度 東京大学、昭和53年
自己紹介 “神経診察の基本とピットホール”を書いていて、磁気刺激を中心に臨床神経生理の研究をしているおじさん

 

履歴書にない私の履歴書

 この話は、私を分ってもらうために最も手っ取り早いと考え、以前とある雑誌に収載されたことをここでも述べさせていただきます。この内容の真意は、履歴書だけ見るとよく分らない、どうしてあの時そういう行動をしたのかなどと言うことを交えて、自分を理解してもらう事にあります。簡単に言うと“宇川とはどんな奴だ”という疑問に少しでも答えが見えればという事です。

 私は、東京文京区で生まれ、東大は野球ができるグランドだという意識で子供時代を過ごしました。その後私立武蔵中学・高校を卒業して、東大に入学しました。そして医学部を出た後、自治医大でジュニアレジデントの2年間を過ごしました。このときが、自宅を離れるはじめての経験でした。2年間内科全体をローテートしました。“どうして東大でなく、自治医大に行くのか”“東大にもどれないかもしれないぞ”等という同級生に対して、“よい医師になるためには、内科の各科をじっくり回れる自治医大のほうがよいでしょう”“東大にいることが目的ではなく、どんな医師になるかが問題でしょう”などと言っていました。生意気な奴ですね。そして、ジュニアが終わった後に、東大神経内科に入局しました。今度は“どうして東大にもどるのか”“結局東大がいいのでしょう”と言う質問も受けました。東大に戻った理由は、自分の中でははっきりしていました。東大神経内科の初代教授で当時神経内科を主催されていた豊倉康夫先生です。学生時代に受けた豊倉先生の誰にも簡単には分らない授業です。あれだけ分らないから、分ってやるぞ・そんなに難しいのかというチャレンジ精神で東大の神経内科に戻りました。その後は、ロンドン留学の2年半以外は、ずっと東大神経内科に席をおいて研修や医療・教育・研究に携わって参りました。自分でも驚くほど長く東大に在籍し、私が東大に常勤でいた23年は豊倉先生が東大にいらした期間よりも長くなってしまい、今のところ東大医局員の中では最長となりました。この間、患者さんを臨床で見るときに役立つ仕事・ベットサイドでの疑問に直接答える研究という事で臨床神経生理を選択してきました。神経生理に心惹かれた直接の理由は、ミオクローヌスてんかんという特殊な疾患の患者に出会った事です。医師である以上、患者さんからテーマをもらい、それをターゲットに治療・研究ができるのはラッキーな事だったと今でも思っております。そして今回(2008年5月)、縁があって福島県立医大に赴任させていただきました。

今後の抱負:目指せ、明るく楽しい神経内科

 この目標は福島県立医大の神経内科の目標でもありますが、おそらく全国の神経内科の方が持っていることだと思います。

 神経内科のイメージを学生に聞くと、どの大学でも難しい・暗い・治らないという三大イメージがあるように思えます。これは今はやりの3Kと通じるイメージかもしれません。この印象ひとつひとつをまず払拭したいのです。

 神経内科は難しいか。確かに神経は複雑で難しそうに見えます。どうしてでしょうか。それは機能的に多様であり簡単に説明できないこともさることながら、3次元的構造の難しさで、神経を敬遠することが多いように思います。この三次元的イメージをすぐ理解できるかは、ある程度先天的な要素もあるかと思います。いわゆる方向音痴は三次元に弱いです。何度見ても理解できない人と、一回見るとなんとなくわかってしまう人がいます。私は方向音痴で三次元が苦手ですが、それでもなんとかやってきているので心配は要りません。その理由はMRIにあります。MRIの発達により、誰でも容易に立体構造を理解できるようになりました。そこで、以前から言われているほど解剖が難しくはありません。そこで言いたいのは、“神経は難しくない。なぜなら、MRIにより方向音痴の私でも何とか神経解剖がわかるようになった”ということです。

 神経内科は暗いか。以前は、神経内科に行く奴はおたくで暗いというイメージがあったかもしれません。これはたぶんに医局を構成する医局員と教授のイメージによるかもしれません。このことは全国レベルの話ではなく、少なくとも福島医大の神経内科は明るいと断言できます。どうしてかというと、医局員も教授も明るいからです。ぜひ一度医局へお越しください。私の言うことが本当だということがわかると思います。何しろ、酒が飲めない教授は、しらふで酒飲みと付き合い、歌ったり・踊ったりします。先天性酵素欠損でお酒は飲めませんが、いつも人生に酔っています。ただし、いつも酔っ払ってぼけているということではなく、仕事の現場では仕事をしっかりしています。

 神経内科疾患は治らないか。確かに神経疾患には難病といわれるものが多く、治りにくい疾患があることは確かです。しかし、治らないわけではありません。よく神経変性疾患は治らないと言われます。しかし、内科で見ている多くの疾患は実は本当の意味では(まったく元に戻るという意味)、治らないものが多くあります。神経変性疾患もそういう意味ではほかの内科疾患と変わりありません。それに、パーキンソン病はドーパミンをはじめとする薬で改善します。これは、高血圧に降圧剤を使うくらいの治療法はあることになります。脳血管障害の患者さんも、麻痺が改善し歩いて帰ることは珍しくありません。てんかん重責で意識がなかった患者が、適切な治療により仕事ができるようになり退院します。このように治る疾患はいくらでもあります。したがって、神経内科も治ると主張したいと思います。

 以上のようなイメージを皆さんに持ってもらえるような神経内科を作りたいと考えております。

今後の抱負

 ここまでいつものようにラフな話を書いてきましたが、少しまじめに今後の抱負を具体的に書かないと、勝手なことを述べて結局できないでしょうとお叱りを受けると思いますので、少しだけ今後のことを診療・教育・研究に分けて述べます。

診療

 診察・臨床所見より画像をはじめとする検査所見が重視されがちな最近の医療環境において、神経内科の神経所見は依然として重要な意味を持っています。治療を急ぐときには神経所見に限らず、臨床所見を元にすぐ治療を始めることもあるからです。診療においては、この所見を大事する臨床を山本先生の伝統を引き継いで続けていきたいと考えております。そして、どんな種類の疾患の患者さんが来ても、最新の診療・治療ができる臨床を県の皆様に提供できるよう努力する所存です。この診療の中で、専門である臨床神経生理の技術を駆使して、最良の医療ができるように考えております。標語として、機能障害から正常機能へ、そして機能障害の治療へ戻る” “dysfunction to function and back to dysfunction, eventually to its treatment”という姿勢を貫く所存です。

教育

 私の教育の基本理念は、“勉強する楽しさを教えたい”です。とかくマニュアル流行の世の中ですが、“マニュアルを覚えるのが勉強だ”とは若い人には思ってほしくないと考えております。マニュアルの一番の利点は、誰でも間違えることなく、法律的な問題もなく、無事医療をこなせる手本であるという点と、その知識がコンパクトにまとまっていて能率がよいという点です。これはしたがって最低の知識であり、誰でもやらないといけないことです。本当の勉強はその後にあります。能率よく覚えるのが、マニュアルの勉強で、能率が良いという事は、面白くないという面もあります。そのマニュアルを作ったからには、その理由があるはずです。私は、その理由を考える癖をつけるように若い人に指導したいと思います。よくBSTの学生に質問するのですが、“視野検査でものを動かして検査するのはどうして”というオスキーで知っている手技の元にある正常生理を一度考えもらいたいのです。これが、ひいては学ぶことが面白くなる秘訣だと思います。極論をすると、“本当の勉強はマニュアルを作るところにある”とか、“論文は読むものではなく、書くものである”と言いたいです。私が出た高校の校長の言葉に、“学校は教える所、教わる所でなくて、自分で勉強するところだ”というのがあります。この言葉を身をもって感じてもらうことが教育であり、20歳を超えた大人に“あれをやれ”、“これをやらないと単位を落とすぞ”ということを言って、無理矢理勉強させることはしたくないと思います。

研究 

 私がこれまでやってきた研究は、磁気刺激などの電気生理学的手法とfunctional MRI (fMRI), positron emission computed tomography (PET), magnetoencephalography (MEG)などの脳機能画像を用いて、人の正常神経生理の解析とその異常としての中枢神経での病態生理の解明でした。この研究の発展として、これからは連続磁気刺激法を用いての神経変性疾患の治療を研究の主たるテーマとして行っていくことを考えております。この研究の究極では、まさに治る神経内科の実現という目標があります。

 このほかわれわれの科では,私のこのテーマ以外にも、免疫性神経疾患の発生機序に関する研究・イオンチャンネルと神経疾患・脳虚血モデルでの治療の研究などの研究が行われており、国際誌に論文が掲載されております。教育のところでも述べたように、研究という自分自身の興味で行う行為において上からの意向でテーマを決めるというようなことは意味がないので、若い方が自分でやりたいテーマを自由にできる環境を整えることを考えております。

 

 以上、いろいろ述べて参りましたが、これらすべてにおいて私一人でできることには限りがあます。多くの先生方、その他の医療スタッフの方々、事務の方々の協力を頂き、明るく・楽しい県立医大にしていきたいと考えておりますので、ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。


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